2. 真の自分を表現し生きる

セックスと聞くとどんな印象がありますか?

公の場では言えない、苦手意識がある、しなくなってずいぶん遠のいている、卑猥なもの、性欲のはけ口。

 

女性誌のセックス特集は男性に媚びることを主体とした愛されメイク、いく、いかないの方法論ばかりです。

 

男性のアダルト動画は、いかせる、射精する、潮を吹かせる、いかせた回数、ペニスの大きさや女性を征服する喜びを感じるシチュエーションなど、欲望や快楽にテーマを絞ったもので展開しています。

 

それらに囚われていれば、愛し合うというセックスの根源にある真の喜びには到達しません。

 

セックスは大人の男と女が愛し合うためのものです。

 

それがいつしかただの道具にすり替えられ、セックスは性欲を満たすためのもの、スッキリするためのもの、していることを知られてはいけないものと、どんどん卑猥になり、男と女が愛し合うというテーマからずれてしまっています。

 

大人になる醍醐味は、男と女が愛し合うこと。

 

そして大人に許された愛し合うための喜びの行為が、セックスをすることではないでしょうか。

 

その認識がなく、自分がいかに愛されるかばかりを気にして精神が未熟なあまり、セックスを自分が愛されるために使う、自分が満たされるために使うという大人がとても多いのです。

 

女性が愛されるためにしているセックスは、結局は男の射精に付き合うだけとなり、演技をしながらいったふりを続け、嫌なことも、して欲しいことも言えないまま、自分のオーガズムも未開拓なままで男性が性欲を解消するようなオナニーレベルのままで進化をしません。

 

女性自身がそのようなセックスを続けていれば、どれだけセックスをしても、愛し合うことには到達できないのです。

 

相手に恋をしていれば相手の喜びだけを望んで受け入れてあげたいと思うことも、

相手への恋心が冷めた後は、男性が求めてくる一方的な性欲に喜びを感じられず、それに付き合うことが負担で、触らないで欲しいとすら思うようになります。

 

セックスは愛し合うための行為であって、男性の射精を手伝うためのものではありません。

 

例えば女性が優しく髪を撫でて愛されることもセックスの一つです。

 

それを女性が疎ましいと思うはずがありません。

 

セックスを喜べていないなら、どこかで本音の掛け違いが起きて、セックスへの認識がずれてしまっています。

 

セックスは愛し合うという魂の対話です。

そこに嘘は通用しません。

 

私はこうしてもらえると気持ち良く感じるから、もっとこうして欲しい。それは不快に感じるからやめて欲しい。

 

という女性の本音が満たされることは愛し合う上で最も重要です。

 

その喜びがオーガズムで悶え続ける歓喜の姿で男性に伝われば、男性は愛する女性をいっそう慈しみ、自分自身への賞賛を感じて自信を持ち、社会に対して精力旺盛な勃つ男となります。

 

女性に対する尊敬が芽生え、独占欲や征服欲を克服し、愛する女性を尊重します。

 

女性自身も独占されることで安心するという自分の本音を犠牲にするような安易な在り方をやめなければ、オーガズムを感じる女には成れません。

 

女性はいつも愛されることを求めて怯えていますが、愛されることは愛し合うことで得られる必然的な結果です。

 

愛し合うなら愛されることは当然として、毅然とした態度で真の自分を表現し、生きる力が必要です。

 

そうした大人の二人が相手を尊敬し合い、自分を尊重し合うということが、この世で最も美しい愛とセックスの真実です。

 

私たちは愛し合う男女から生まれてきた愛の結晶です。

 

愛し合うことは美しい。男女という性はこの世で一番、美しいものなのです。

 

愛を深める えりかの心得

『真の自分を表現し、生きる』