3. 愛されたいと願うより

愛し合いたいと思える大人の女になろう​

愛し合うという自覚を持つことは、大人にしか出来ないことです。

 

子供は大人から愛を学びます。

 

赤ちゃんは無防備のまま必ず愛されて育ちますし、子供は大人から愛され心が満たされたことを、大人になると自分が愛した人にしてあげたいと思うのです。

 

ところが大人になっても愛し合うことが上手く行かないと、愛されることが上手く行かない自分自身を尊重できず、寂しい気持ちのまま愛を求め続けてしまい、相手がいてもいなくても、愛して欲しい、構って欲しい、大事にして欲しいと愛に対して期待を持ち続けてしまいます。

 

愛に対する期待を持っていれば、素の自分のまま相手と向き合うことが出来ません。

 

素とは自然体の自分を見つめ、向き合うことでもあるからです。

 

自分と向き合うことが出来ず、愛に期待を抱いていれば、自分自身の気持ちを尊重せずに、感情も価値観も相手に上辺だけ合わせて愛されようとしてしまいます。

 

本音を押し殺したり、嬉しくないことを嬉しいと言ったり、嫌なことを嫌だと言えず、相手の喜ぶことだけを良しとして、自分は我慢をすることなど、自分の本音を隠しているのが当たり前になってしまい、愛してもらうために偽った自分を演じてしまうのです。

 

自分自身がいつも素であることは、愛されるためでも、愛するためでもありません。

 

素でいるという居心地の良さは、自分の弱い部分と向き合い、それを認めてラクになって初めて実感できます。

 

そんな自然体のままで愛し合えば、互いの本性を探り合う段階をすぐに終えて、喜びと気持ち良さを純粋に分かち合う関係へと進化します。

 

人生の中でどんな痛みを経験しても、男女が愛し合うことはその痛みをすべて溶かすほどの温かさと優しさに満ちています。

 

過去に経験した痛みがあるから上手に愛し合えないのではなく、痛みがあるから愛し合う理由があるのです。

 

男女愛の最初のステップは自然体の自分を自ら尊重し、ありのままの自分を相手に表現し伝えることです。

 

自分自身はどういう人間で、何を感じているのかを包み隠さず素の自分のままで伝えられなければ、相手のことを知ることもできません。

 

心に鎧を着た自分は重たく、自分自身の喜びに鈍感で、相手に対してはもっと鈍感だからです。

 

お互いが素のままで心がオープンでなければ、相手はどういう人で、何を求めていて、どうやって愛し合えばより気持ちの良い関係になれるのかを見つけることが出来ません。

 

けれど素の自分になるのは怖いことです。

 

自分自身を過去に経験した恐怖から守ろうとして、あらゆる部分に力が入ってしまいます。

 

例えば嫌われることを怖れたりしがちですが、実際にはお互いが自然体の自分に相応しくなければ、嫌っても嫌われても良いし、好きになっても、好きになられても良いのです。

 

近くにいることも離れることも、出会うことも別れることも、良い悪いでは測れない自然なご縁の現象です。

 

好きと嫌いは、それぞれの意味は正反対で違うけれど、相手に関心を持っているという意味では同じ事。

 

好き嫌いの感情は、愛し合う感覚が拡大すればするほど、自分自身がそれに執着しなくなって行きます。

 

素の自分のままで愛し合える、そのままの自分で親しくなれる方との出会いは、相手が男女に限らず人生の時間の中で限られていて、一人一人の出会いが、とても貴重なことです。

 

愛し合えるような出会いが欲しい、愛し合える人がいなくて寂しいと思っていれば、そばにいてくれる方との貴重なご縁のことも忘れてしまいがちです。

 

目の前にある貴重なご縁の中で怖がって自分の素を出せないでいるよりも、自分と相手のありのままのの存在を愛そうと思えることの方が、自分自身の魂の成長につながる素晴らしいことですし、愛し合う方との縁も呼び易くなります。

 

自然体の自分でいることを怖いと思っているのは自分自身を頑なに守っているからです。

 

自分を守ってくれる人は自分しかいないと思い込んでいると、自分が何かをしてもらうよりも、相手に尽くして愛そうとします。

 

そうして自分を一方的に愛して欲しいという本音の裏返しをしまうのです。

 

けれど素の自分でいれば、愛するパートナが自分を大切に守ってくれるので、頑なに自分を守る必要がなくなります。

 

愛し合うとは、自分と相手を同じように守ることです。自分自身を一人で守る必要がなくなり、安心感のままに愛を相手に委ねることが出来ます。

 

素の自分でいることで相手も安心して、互いのありのままで愛し愛される事が出来るのです。

 

男女が愛し合うことは互いの存在を尊重し受け入れ合うという、独立した個人である大人同士の深い対話です。

 

自分を知り、相手を知り、理解し合い、自分と相手を尊敬しよう、尊重しようとする大人の自覚を持たなければ愛は深められません。

 

『愛されたい』と思う気持ちが愛し合いたい気持ちより強ければ、愛し合うことは出来ません。

 

愛されたいから愛し合える人を探して見つけた筈なのに、結果的に寂しさが続き、深い部分で愛し合えないのは自分自身が大人になりきれていないからです。

 

人は大なり小なり過去の心の痛みを抱えて生きていますが、それを癒せるのが相手の全てを受け入れ合う男女愛なのです。

 

愛を深める えりかの心得

『愛されたいと願うより

愛し合いたいと思える大人の女になろう』