Philosophy

人を手段や道具にしない社会の哲学

 

── 結果には必ず原因がある。原因を解明すれば結果は変わる。ところが人間が認識できるのは結果だけで原因を認識することはできない。結果の背景にある原因を認識したとしても、それは結果の背景にある結果でしかない。

 

数字もまたしかり。原因を紐解こうと結果の背景の数字を分析したところで、それもまた結果の背景にある結果の数字でしかない。だから私たちは視点を変えてこの目には見えない原因の解明に意識を向けるしかない。

目に見えないものはたくさんある。そもそも人間の感覚は、五感といわれる視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に、熱さ・冷たさを判断する感覚、空間のなかで自分の体がどこにあるのかを把握する感覚、身体のバランスをとるために必要な平衡感覚などで、毎日の生活の中では目に見えるものの方が少ない。私たちは可視化とか見える化とか、見えないものを見えるようにと工夫もしてきたが、その方向で原因を紐解こうとしても、机上の空論であることを証明したに過ぎない。

 そこで原因を紐解くために、私たちに残された方向性や方法に意識を向けると哲学が浮上する。①人間も法人もどう考えたかで目的が変わるから、②方向性や方法が変わり、③結果が変わると言うシンプルなことに着目すると、原因は目には見えない在り方や考え方や目的にあることに気づかされる。

 そしてこの在り方や考え方や目的とは生き方に他ならない。自分もしくは法人の生き方や理念に向き合わずに、人格を使い分けたところで、それではすぐに限界がくる。知性もしくは理性をなるべく完成するように努めて自分の魅力の幅を広げ、知性もしくは理性と喜びの感情に導かれて自分もしくは法人本来の能動的なチカラを発揮するように努める以外に持続可能な社会への道はない。

── 知性とは自分を知ろうと努めること、理性とは目の前の人を知ろうと努めること。そして知性と理性が循環することで、本当の自由やしあわせも循環する。

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