最高の解決策は

一人ひとりが

“自分の魅力の幅を広げること”

​愛が循環する社会とは

社会には証明できるものには価値があり、証明できないものには価値がないというような傾向が少なからずあります。

 

その世界観は、社会は目に見える体裁こそがすべてで、社会のシステムが機能することが個の存在よりも優先されるというようなものです。

 

もしも証明できるものだけに価値がある社会があるとすれば、それは知性もしくは理性の存在しない人間の尊厳が失われた社会です。

 

人間の尊厳が失われた社会とは、人がシステムの中で手段や道具として扱われる社会のことです。その社会では愛や知恵や人間らしさは美徳ではなく、システムが機能することだけに価値があります。

 

システムの管理者もまたシステムの手段や道具でしかありません。システムのためにいかに人を手段や道具として利用できるかだけが評価されます。それができない管理者はシステムから人間性を否定されることになります。ちなみにこの世界観での人間性とは、いかに人を手段や道具として操ることができるかということを指しています。

システムは誰のためのものでしょうか?なんのためのものでしょうか?これでは誰のためのものでもなく、システムはシステムのためのものとしか言いようがありません。

 

そもそもシステムは人を幸せにするためのものです。愛と知恵と人間らしさを循環させるためにシステムはあります。少なくとも私はそう信じています。

自立と恊働の時代における個の在り方とは、知性もしくは理性をなるべく完成させるように努めること、能動的であるという認識を獲得すること、そして人を愛するという認識を獲得することです。


Essence of sweetness

自分らしさを紐解くと、深めれば深めるほど自分が自分だけの力では存在していないことを理解するようになる。

自分の可能性を開花させて人格を実現しようと努めれば、自分と他人は不可分な関係にあることに気づかされる。

自己を手放し知性もしくは理性をなるべく完成させるように毎日の暮らしの中で努めることは、自分の魅力の幅を広げて自分と自分の周りの人をより能動的にすることにつながる。

 

自然と共生しお互いの良いところや違いを認め合い、地球人として助け合って生きよう。

​自立と恊働の循環